ico_imgインタビュー:株式会社 薬zaiko・足立いつき薬局(東京都足立区)

原動力は「足立区愛」。次世代向けサービスを築くオンライン薬局

海老沼徹氏
株式会社 薬zaiko/足立いつき薬局 代表取締役・薬剤師 海老沼 徹 氏。「ひとつでも多くの打席に立ち、チャンスをつかむ可能性を増やす」がモットー

コロナ禍を経て、オンラインや電話での診療が普及したことに伴い、薬剤師による「オンライン服薬指導」も耳にする機会が増えています。これは、スマートフォンやパソコンなどのビデオ通話で薬剤師から処方薬の説明が受けられ、自宅まで薬を配送してもらえるサービスのこと。患者はほかの人を気にすることなく、安心して薬剤師に体調や症状を説明できるうえ、薬局で薬を受け取る待ち時間を節約することもできます。

 

東京都足立区の株式会社 薬 zaikoは、このオンライン服薬指導に加え、アレルギー患者向けに情報と薬を届けるサービス「ALLERU(アレル)」も展開。2022年5月には、第三者承継を経て足立いつき薬局も開業し、カウンターでも地元の患者を中心に服薬指導を続けています。

 

代表取締役の海老沼 徹 氏は、大手製薬会社の営業やMBAで学んだ経験を活かして前述の事業に臨んでおり、その優れたビジネスプランは国や足立区から表彰されました。

 

新時代の調剤薬局事業に取り組む海老沼氏に、起業までの経緯や展望などをお聞きしました。

●アレルギー症状に苦しんだ経験が薬剤ビジネスへ向かわせた
足立いつき薬局
2022年5月に開業した足立いつき薬局。地元への貢献を示す意味もあり、「足立」の名を冠している
カウンター
薬局店内のカウンター

まずは起業までの経緯を振り返っていただきました。

 

「原点は、子どもの頃に自身がアトピー性皮膚炎や喘息などアレルギー症状に悩まされた経験です。その時に飲んでいた薬に興味を持ち、大学の薬学部に進学しました。幸いなことに年齢を経るにつれて私の症状は改善していったのですが、将来は自分と同様にアレルギーに苦しむ人たちの手助けをしようと、グラクソ・スミスクラインに入社。4年目で、日本2位の営業成績を収めるまでになりました。アレルギーに悩む患者の役に立っていると実感でき、会社員生活は充実していました」

 

ただ、海老沼氏の営業手法はあくまで「患者ファースト」で、そちらが適していると判断すれば、競合他社の薬を医師に勧めることも。上司から注意を受けることが増え、自身のキャリアに迷いが生じたそうです。

 

「そこで、経営コンサル企業に転職しようとしたのですが『あなたはロジカルシンキングがないから、この仕事は向いていない』と言われ、大きなショックを受けました。そこでMBA取得を目指して、ビジネススクールでロジカルシンキングのクラスを受講。在籍中にたまたまコンテストに出した『調剤薬局の不良在庫を解消するビジネスプラン』が決勝まで残り、メンターだったゼロワンブースター・加藤剛広氏の熱量にも突き動かされ、調剤薬局を軸としたビジネスのスタートアップを考えるようになったのです」

                                  
●第三者承継を検討する薬局が多い足立区だから理想的な創業地に
ALLERU(アレル)
LINEでアトピー、喘息などを経験している薬剤師(海老沼氏)にいつでも相談できるほか、薬を届けるサービスを展開する「ALLERU(アレル)」のトップ画面
オンライン服薬指導の流れ
こちらはオンライン服薬指導の流れ。LINE登録で運用。上の「ALLERU」とも連動している
始動 Next Innovator 2021
経済産業省・日本貿易振興機構(JETRO)主催「始動 Next Innovator 2021(グローバル起業家等育成プログラム)」の米国シリコンバレー・プログラム選抜メンバーの中で全体2位に選ばれる快挙を成し遂げた(2022年7月22日に発表)。これはdemodayのひとコマ
足立区創業プランコンテスト
2022年9月に開催された令和4年度足立区「創業プランコンテスト」において最優秀賞を獲得

起業するなら、生まれ育った地元の東京都足立区内に決めていたとのこと。

 

「製薬会社時代の地方勤務で足立区出身と話すと、足立区に対して何やらネガティブな印象を持つ人もいることに気が付いて。しかし私にいわせれば人情味豊かで暮らしやすい、最高の土地です。自分の資格やスキルを活かし、薬を軸にした仕事で恩返しをしたい――足立区外での起業はあり得ない選択でした」

 

医師からの処方箋があってはじめて患者が薬局に来るため、薬局は病院、クリニックと近い立地であることが一般的です。海老沼氏は、足立区内の後継者を探しているほぼすべての個人経営薬局、およそ200店にアプローチ。紆余曲折を経て、現在の足立いつき薬局の前身となる、しまね薬局を第三者承継しました。

 

「まったくの白紙から薬局を開店させようとすると時間もコストもかかり過ぎ、ビジネスが軌道に乗るまで時間がかかってしまうため、第三者による事業承継という手段を選びました。足立区は人口が多く、それに比例して薬局も多いため、承継を持ちかける候補先は豊富でした。その意味でも、足立区は私にとって創業の適地だったのです」

 

同時に、LINEを活用して、アレルギー患者向けに情報と薬を届けるオンラインサービス「ALLERU(アレル)」をリリース。このサービスで、経済産業省・日本貿易振興機構(JETRO)主催「始動 Next Innovator 2021(グローバル起業家等育成プログラム)」に応募したところ、米国シリコンバレー・プログラム選抜メンバーの中で全体2位に選ばれました。さらに、足立区「創業プランコンテスト」においても最優秀賞を獲得したのです。

 

「このように第三者から高い評価をいただけたことは、会社のPRはもちろん、採用活動にも好影響を与えています。また、講演やセミナーに招かれることも増えて、協業先を増やす機会も得ることができました。当社は、ALLERUに加えて、オンライン服薬指導も行っていて、私自ら近隣の患者宅を回って薬を届けることも多いのですが、足立区のコンテストで最優秀賞を受賞した後には『足立区の広報誌を読んだわよ、あなた、すごい人だったのね!』とお褒めに預かることも。薬をご自宅まで届けるサービスは非常に感謝されることが多く、起業前の想いだった“足立区への恩返し”が実践できているなと感じるシーンが多いですね」

                                  
●足立、東京立地のメリット~多様で優れた人材、学び・発信の場の宝庫
薬剤師のスタッフ
カウンターで薬剤師のスタッフと。生まれ育った足立区からオンライン薬局の普及を進めていく決意

最後に、足立区、東京都の優位性をお聞きしました。

 

「前述したように、私の場合は事業承継を検討する薬局の多さが、起業には非常に有利に働きました。今後は足立区内で新たに薬局の第三者承継を行い、総計8店舗くらいまで増やしたいと考えています。足立いつき薬局のここまでの順調な経営実績があり、区内の調剤薬局の間では知名度も向上していますので、初めての事業承継のときよりはスムーズに進められると期待しています。また、足立区主催のビジネスコンテストでの受賞やビジネススクールでの人的ネットワークなども何か新しいことを始める時には大きなアドバンテージになりますね。さらに、東京都の商工会議所に所属している中小企業診断士の石井先生にも、多くの的確なアドバイスをいただいております。多種多様な優れた人材に恵まれているのは東京ならではだと感じています」

 

また、海老沼氏は、かつて受講した足立区主催の独立起業セミナーを通じて知り合った区内在住の起業家、およそ150人とコミュニティも結成。有意義な情報交換ができるのはもちろん、いずれも「足立区愛」の強い人が多く刺激をもらうこともあり、モチベーション向上にもつながっているとのこと。そして近い将来には、新たなビジネスモデルも実現したいと話します。

 

「会社名の『薬zaiko』にも込めているのですが、薬の在庫センター、つまり薬に特化した配送センターを足立区内につくりたいと思っています。自社の調剤薬局ネットワークに向けて、近隣の配送センターから薬を届けられれば、時間、コストが大幅に削減され、なおかつ安定的な薬剤の確保にもつながるでしょう。私は、今後自社の薬局を他の薬局と差別化し、生き残らせていくためには、物流で差をつけることがカギになると考えています。いまから3~5年以内には実現したいと思っています」

取材日:2023年(令和5年)7月26日

【企業概要】
  • 会社名:株式会社 薬zaiko
  • 店舗名:足立いつき薬局
  • 住所:東京都足立区島根2-17-1
  • 代表者:代表取締役 海老沼 徹