ico_imgインタビュー:エレファンテック株式会社(東京都中央区)

インクジェット印刷で電子回路の量産化に成功。世界へ飛躍するスタートアップ

小長井哲氏
エレファンテック株式会社 執行役員COO小長井哲氏

精密なインクジェット印刷の技術を使って、電子機器に欠かせないプリント基板の製法に革新をもたらしたエレファンテック。環境負荷を大幅に削減できる画期的技術として国内外から注目を集めています。

 

同社が本社兼工場を構えるのが、東京駅からわずか1km足らず、歩いても10分そこそこの中央区八丁堀です。執行役員COOの小長井哲氏に創業の経緯、事業の特徴、東京都心に立地するメリットを伺いました。

●「捨てない足す技術」で工程数1/2以下、廃液量は10分の1以下
サブトラクティブ型
図1.従来から主流のプリント基板製法「サブトラクティブ型」の工程
アディティブ型
図2.エレファンテックが開発した新製法「アディティブ型」の工程
フレキシブル基板
インクジェットで製造したフレキシブル基板

エレファンテックは、現社長の清水信哉氏と副社長の杉本雅明氏が、東京大学発スタートアップとして2014年に共同創業した企業です。

 

「現CEOの清水は、もともとエンジニアと経営コンサルタントの2つの顔を持ち、日本の技術で世界を席巻できるシーズを探す中で、プリンテッド・エレクトロニクス技術に出会いました。特に、日本メーカーがグローバルに強みを持つインクジェット領域に事業性と技術の両面から可能性があると考え、起業したと聞いています。現在の主力製品は、市場の大きいプリント基板です」(小長井氏。以下コメントは同様)

 

従来のプリント基板の製造方法は、図1のように多段階の工程と多くの廃液が発生していました。基材に複数の層を一面に重ねた後、回路パターンを焼き付け、不要な部分を化学的に削って捨てる仕組みでした。現像液やエッチング液などの有害性のある化学薬剤を使い、洗浄水も多量で、銅やフォトレジストなどの廃棄物も少なくありません。いわゆる「サブトラクティブ(引き算)」の技術と言われます。

 

これに対して、エレファンテックの製造方法は図2の「アディティブ(足し算)」の技術です。「当社の製法は、インクジェットで必要な部分に必要なモノを必要なだけ積み上げていくので、削り取って捨てる必要がなくなりました。洗浄用の水はほぼ不要ですし、使う薬剤は無電解めっきの工程だけ。それも1~2週間に1回入れ替える程度です。その結果、製造工程は半分以下、廃液量は10分の1以下、水使用量は20分の1、CO2の排出量も4分の1以下に削減できました」

 

工程数が半減した上に、使用材料も減るためコストも大きく下がっています。同社の技術は多方面から注目され、セイコー・エプソン、三井化学、信越化学などの名だたる大企業との提携を早くから実現。海外からの引き合いも既に来ています。

                                  
●中央区で50年ぶりの化学工場。三現主義のものづくり企業だからこそ、都心に利点
廃液タンク
本社エントランスに飾られた廃液タンク
製造工程の廃液の少なさ、環境負荷の低さを象徴する存在
新木場R&Dセンター
JR京葉線「新木場駅」から徒歩5分の新木場R&Dセンター
化学プロセスを回せる設備
新木場R&Dセンターには化学プロセスを回せる設備も整えている。

同社の大規模量産工場は現在、2020年に設立した三井化学の名古屋工場内にありますが、本社でも試作や小規模量産が可能です。小規模とはいえめっきを使う化学工場を併設した本社オフィスが、東京の中心部にあるというのも特筆すべきでしょう。厳しい環境基準をクリアする技術力のたまものです

 

「創業時は、東京大学に近い文京区本郷の貸しオフィスでした。規模が拡大して移転する際に何か所か検討しましたが、東京駅への近さと、元印刷工場という縁に惹かれて、この場所に決めました。本社兼工場の開業申請に中央区役所に行ったところ、区内に化学工場ができるのは50年ぶりだと担当者が驚いていたそうです」

 

2021年には、新木場にR&Dセンターも開設。JR京葉線で八丁堀駅から新木場駅までは10分足らず、ドアツードアでも30分かかりません。製造業では、郊外の工場に研究開発部門を併設するケースが少なくない中で、なぜ同社は準都心を選んだのでしょうか。

 

「インクジェット製のプリント基板は、ヘッドの性能だけで品質が決まるわけではありません。印刷する基材の処理、インクの調合、インクの吐出・描画の調整、インクの乾燥・定着、そして回路に使えるまでのプロセスの作り込みを含めた全体設計が重要になります。自社内に全てのプロセスを持ち、垂直統合的に作り込まないと量産まで仕上げるのが難しい技術です。

 

研究開発のプロセスでも、現物を見て触って議論をすることが欠かせません。現場に足を運び、現物を手に取り、現実を目で見るという三現主義になるわけです。そういう意味で、自社の研究者にとっての通いやすさはもちろん、化学メーカーとの協業でオープン・イノベーションを進める面からも、ハブとなる当社のアクセスが良いことが重要だと考えています」

                                  
●東京に立地するメリット~海外展開へのステップアップに都の手厚い支援策が有効
本社兼工場
中央区のビル街に溶け込む本社兼工場。東京駅まで歩ける距離

同社の製造販売するフレキシブル・プリント基板は、既にディスプレイやセンサーなど量産製品に実用化されています。今後の展望も明確です。

 

「自社の生産装置を量産工場に入れて製造ラインを走らせつつ、他社への装置販売に踏み出すのが次のフェーズです。同時に、ヨーロッパの顧客向けに進めている案件も量産までもっていき、北米から幅広く海外に拡販していきたいと考えています。プリント基板以外の新規領域も構想中です。RFID(無線通信自動識別技術)のチップ、次世代のペロブスカイト型太陽電池など、インクジェット印刷が応用できる領域も視野に入れています」

 

こうした事業展開を図るなかで、同社は東京拠点のメリットを最大限活用しています。例えば、2021年10月に、東京都が特に有望なスタートアップを選抜し、集中的に支援してユニコーン級への成長を後押しする「ディープ・エコシステム」(東京コンソーシアム)に採択されました。

 

「投資家候補の方々と引き合せしていただいたり、戦略立案の際に著名なコンサルティング・ファームからもアドバイスを得たり、東京都の枠組みの中で、我々が海外に展開するための“壁打ち”をさせてもらえる機会を与えてもらえたのは非常にありがたいですね。信頼性も高く会社のブランディングにも直結します」

 

2022年度には、スタートアップの海外展開を支援する東京都の「X-HUB TOKYO」において、ジェトロがバックアップするアウトバウンドプログラム(ドイツコース)にも採択されました。

 

「海外拡販に当たって足がかりがない中で、幅広い海外ネットワークを持つジェトロから支援を受けられる機会は貴重です。経験豊富な各地のアクセラレーターから無料でアドバイスしていただき、顧客候補と引き合わせていただけるところまで導いてくれます。東京都のスタートアップ支援は、創業期からレイターまで途切れません。重層的な枠組みが揃っているのは大きなメリットですね。今後は、海外人材の採用も視野にいれています。その意味でも、東京都のなかでも都心に拠点を持つ優位性は大きいと思います」

 

東京拠点はフットワークとネットワークの両輪で、スタートアップの飛躍を加速するエンジンになると言えるでしょう。

取材日:2022年(令和4年)11月17日(取材時は、説明者は説明時のみマスクを外し、取材スタッフはマスクを着用しております。)

【企業概要】
  • 会社名:エレファンテック株式会社
  • 住所:東京都中央区八丁堀4-3-8
  • 代表者:代表取締役社長兼CTO
    清水信哉
  • 設立:2014年(平成26年)1月
  • 事業内容:プリンテッド・エレクトロニクス製造技術の開発、製造サービス提供
  • ホームページ:https://www.elephantech.co.jp/